屋号や書斎、自身の通名等を考える際に悩んだことがある者は多いと思う。たとえば、自分の部屋、書斎に名前を付けるとする。
「○○斎」「○○堂」「○○館」「○○閣」を始め、「○○楼」「○○庵」「○○軒」「○○処」等々がある。ただし、現代の日本においては、これらの建物に関する字に個別の限定的なイメージがあることが多い。自分の書斎のつもりでつけた名前が、知らない者が見ると、選んだ名称によっては、教育機関のように見えるものならまだしも、まるで中華料理屋とか蕎麦屋のように見えてしまうのは少々具合が悪いので、誤解を招かぬよう選ぶ字が制限されてしまうことがある。もちろん人によっては、狙って付ける場合も多々ある。
学生時代に、教授の雑談でこのような話があった。
ある人が中国の人に自分の書斎に名前を付けてもらったところ、「雲谷斎」という名前をいただいた。雲のたなびく幽谷のイメージで風流であるが、残念なことにその書斎は便所の隣だったという。
その中国の人は日本語での発音などは知らなかったらしいが、結果として教授の笑い話のタネになってしまった。また、私の学生時代の話であるが、同級生から、自分の部屋に斎号をつけてくれと頼まれたことがあった。私は、その時あまり本気で考えたくなかったので、適当に「詩想嚢楼」と付けてやったところ、「もうお前には頼まん」と言われたこともあった。
やや特殊ではあるが、地域の有名人として、住んでいる地域が号のように呼ばれる場合もある。たとえば揚州八怪の一人である鄭燮は、板橋鎮に住んでいたので鄭板橋と呼ばれた。先述の同級生が、「俺も板橋区に住んでいるから板橋と名乗るかな」などとほざいていたのを思い出す。
閑話休題。
たとえば兼山という号がある。これは「周易」艮の、
象曰。兼山。艮。君子以思不出其位。
からきている。艮卦は一般的にはあまりイメージが良くないが、文人学者には非常に人気がある。辞書を見て簡単に調べると、兼山堂という室名は、葉夢得、孫奇逢、徐星友、陳汝咸、陳錫嘏が採用している。兼山艮所というのは、李汶の室名である。兼山という字号では、徐允の号、岳端の字、詹明章の号、田六善の字、片山世璠の号、後藤機の号、野中良継㊟1の号。兼山先生とは郭忠孝の号。兼山道人とは祝淵の号。
また、号の付け方としては、先述の「兼山道人」のように、「○○道人」「○○居士」「○○山人」等々がある。これらは一見してわかる通り、俗世間から離れた異世界の住人を主張するものである。
特殊な付け方としては、反切㊟2を利用することがある。反切というのは、漢字の発音を示すのに、注音字母やローマ字のような音を表示する記号が導入される以前に使用されたもので、漢字を二字並べてここから子音と母音を取り出して組み合わせ、発音を表記するものである。
例えば艮なら、
①古恨切
②胡恩切
とあり、易卦の艮は①の発音である。そもそも発音を記すために選択された字なので意味は持たないのだが、これを出典にして、自身の斎号を艮卦の反切から採って「古恨館」などとつけると、事故物件に住んでいると思われてしまうかもしれない。
反切を利用するというのは、意味を持たないはずの無機的な表記を活用する妙味がある。これならむしろ見た目が変なものほど面白い。易を活用するなら、
乾 竭然反(経典釈文) 渠焉切(集韻)
坤 困魂反(経典釈文) 枯昆切(集韻)
震 止慎反(経典釈文) 之刃切(集韻)
巽 孫問反(経典釈文) 蘇困切(集韻)
坎 苦感切(経典釈文、集韻)
離 列池反(経典釈文) 鄰知切(集韻)
艮 根恨反(経典釈文) 古恨切(集韻)
兌 徒外切(経典釈文、集韻)本音はタイ。ダは慣用音。
となっている。これらの字は複数の発音がある場合、易卦の音の方を掲載する。
反切の表記は、表音記号ではない漢字を使用するため、やはり視覚に訴えてしまう。震宮傾斜や三碧命の人が「止慎」を採れば、「止まれ慎め」や「慎みに止まる」の意味を持たせるかもしれないし、坎宮傾斜や一白命が「苦感」を採れば、敢えて「苦しい感じ」から、苦行による精神性の向上を演出するかもしれない。繰り返すが反切の表記には、発音だけで意味はない。それ故に断章取義に似た命名をすることも可能だし、発音の表記のみを採用することもできる。
反切に就いては、細かいことを言えば、字書ごとに異説㊟3があるが、典拠を把握して、必要に応じて表記すれば、それ以上は突っ込まれないはず。
ちなみに私の斎号の「祥容盦」は「松」の反切である。「祥」は「詳」と表記する場合もある。「盦」は「庵」に同じ。
これらは一例に過ぎないが、易経だけでもかなりのネタがころがっている。これを四書五経から老荘、仏典にまで広げれば、必ず気に入った室名や号に相応しい語句が拾えるが、うまく号とするには、それなりのセンスが必要となる上に、古典の句から採ったものは、誰かと被ることが多くなる。それならば、あまりひねらずにそのまま付けてしまえば、自分の採用した室名斎号などが、古人も付けているのを見つけたとき、同じ感覚を共有できたと喜ぶことができる。
反骨精神が強力な場合、奇矯な号を名乗ることも多い。
中國近現代の人で鄧散木という人がいた。「散木」は荘子から採っていると思われるが、これは48歳で名乗ったもので、それ以前は30歳で「糞翁」と名乗っている。もちろん「クソジジイ」という意味ではなく、実は「糞」という字は、「けがれを除く」というのが本義なのである。「糞除」という熟語は、修身によって身を清める意である。しかし、本来の意味を知る者は、ほとんどおらず、相当物議をかもした。文字の意味は辞書等を調べれば理解はできるが、それを忘れてしまうほどのインパクトがここにあった。
私も一時期は、「金鶴翅」と名乗っていたことがある。これはふざけている割にはインパクトが薄かった上に、某館に所属する際に「ダメ」ということで終了。やはり自分には、江戸期の文人達のような、機智に富んだ洒落っ気のある命名の才は無いことを痛感した次第である。
自分の部屋などは、よほどの財力がある者以外は、ひとつあればいい方だが、現物が無くとも名前を複数持つことは可能である。現代なら複数のアカウントを持つことと同じことが古くから行われた。個人の持つ多数の室名や雅号は、落款印や蔵書印等に刻して用いられたため、「自分の書斎は印章上に建造される」と言った者もいるほどである。現代なら「web上に建造する」といった感じであろうか。また、複数の名前を持つことを、人格が分裂するとして避けるように指導する者もいるが、そもそも別人格として活動する場合もあるのだから、それは人それぞれに向き不向きがあり、一概に良くないとは言えないと思う。
㊟1 野中良継は、一名が「止」、字が「良継」(諱や字などは諸説あり)号が「兼山」となっている等々、この人は、意図的に艮に寄せた訳でもなさそうなのに、名前から生き方エピソードなどは、最後の「明夷軒」を除き、すべて艮卦八白のイメージそのもののようである。ウィキペディア野中兼山より引用。
㊟2 反切は、「○○反」や「○○切」と表記され、「反」も「切」も「かえし」と訓じる。その法を大雑把に日本語の発音によって説明すると、たとえば「古恨切」なら、「古」の子音部分と「恨」の母音等の部分を取り出して「コン」の発音を合成する。
古 Ko
恨 kon
太字部分を合成して「kon」の音を得る。
※「艮」を「ゴン」と発音するのは慣用音とする。漢字の音については、明らかな間違い以外は細かいことを言わないようにしている
㊟3 集韻は大修館書店の大漢和辞典所収のものである。韻書に限らず、古書には細かな表記の違いが見受けられるが、書誌学や音韻学など、学術的な問題には関わらないことをはっきりさせておけば余計な心配をしなくてすむ。
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